「オール沖縄」が優越する沖縄の政治状況

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更新日:2017年10月26日

沖縄県では10月22日投開票の衆議院選挙で、4選挙区のうち3選挙区を非自公系の議員が当選を果たした。非自公系の議員が都道府県単位で過半数以上の議席を占めるのは、全国でも沖縄県のみである。沖縄県で反自公系の勢力が優勢なのは、「オール沖縄」と称される政治的な動きが県民の支持を得ているからである。本稿では、最近の沖縄県の政治動向を、「オール沖縄」を中心に概観する。


日本復帰後の沖縄において反米軍基地運動がもっとも高揚したのは、1995年に3人の米兵による当時12歳の少女に対する強姦事件が明るみになった直後である。2004年には宜野湾市にある沖縄国際大学のキャンパスに米軍の軍用ヘリが墜落し、反基地運動に「薪がくべられた」。宜野湾市の中心市街地のなかに存在する在日米軍海兵隊の普天間飛行場の移転先として、2009年の段階で一度は「最低でも県外」と宣言した鳩山由紀夫による民主党政権から同党の菅政権を経て、2012年に自民党の第二次安倍政権へと移行。普天間基地の名護市辺野古へ移設する手続きがすすめられた。またこの頃、普天間飛行場に輸送ヘリ「オスプレイ」(V‐22)を配備する計画に対する反対運動が起こっていた。


2013年に自民党所属の沖縄県選出国会議員全員が、選挙公約を覆し、普天間基地の辺野古への移設を容認した。この転向を「変節」、あるいは選挙民に対する「裏切り」と捉えた人は多かった。その民意は、翌2014年11月に沖縄県知事選挙に示された。選挙は、辺野古移設容認に傾きつつあった現職の仲井眞弘多と、辺野古移設反対を明確に掲げて「オール沖縄」の旗印の下に党派を越えて諸勢力を結集させた元那覇市長の翁長雄志との事実上の一騎打ちとなり、翁長陣営が勝利した。任期切れ間近となった12月末、仲井眞知事は辺野古への移設を承認。この県知事による移設承認が、国側に辺野古移設の正当性をもたらした。


「オール沖縄」は、辺野古移設反対という政治理念で保革を越えて結びついた政治運動の枠組みである。翁長知事は、仲井眞県政を側近として支えた元・自民党議員であった。「オール沖縄」勢力は、国政、県政だけでなく市町村の首長や議会選挙でも選挙協力、候補者調整、統一候補の擁立を行った。県知事選直後の2014年12月には衆議院議員総選挙があり、小選挙区の4議席すべてで、反自民、「オール沖縄」の議員が当選した。「オール沖縄」の出現と勢力拡大には、琉球新報、沖縄タイムスという地元県紙に代表される県内マスコミによる世論形成が大きく貢献した。


「オール沖縄」勢力のピークは、2014年11月の県知事選と翌12月の衆院選であると言っていい。2016年1月の宜野湾市長選、2017年1月の宮古島市長選、同年2月の浦添市長選、同年4月のうるま市長選のすべてで、「オール沖縄」推薦の候補は自公推薦の候補に敗れている。反「オール沖縄」の首長たちは、対抗して「チーム沖縄」を称し政治的に連携している。さらには「オール沖縄」勢力最大の票田であった県都・那覇市で、翁長市長後継の城間市長のもと議会は混乱し、2017年7月の市議選で「オール沖縄」議員は過半数割れするという敗北を喫した。最近の衆議院総選挙では、4選挙区中1区から3区までで勝利したものの、那覇市を除く本島南部と宮古地方、八重山地方を選挙区とする4区において、「オール沖縄」所属の現職候補が自民擁立の前職候補に敗れている。


「オール沖縄」が支持を得た要因としては、沖縄県民の反基地感情、反米感情、そして県内・辺野古への移設を推進する自民党政権への反発感情をうまく掬い上げたことが挙げられるだろう。「オール沖縄」を結びつけている政策は「反辺野古移設」に尽きる。さらには、自民党の県選出国会議員と前職の仲井眞知事が、政策を辺野古移設容認へと舵を切ったことが一部の県民には選挙民に対する「裏切り」として映ったことも、「オール沖縄」に支持を集める要因となった。


ただ、翁長知事のよる辺野古移設承認の撤回請求は、国と県が司法の判断を仰ぐ事態となったが、最高裁により県の敗訴が確定している。国による辺野古基地新設の工事は日々、進行しており、県による工事を阻止する有効な手段は打ち出されていない。また反辺野古移設以外に魅力的な政策を「オール沖縄」から発信できていないことも、支持を減退させる要因となっている。もともと「オール沖縄」が、保守、革新を越えて反辺野古移設反対の1点で大同団結した政治勢力であるため、斬新な政策を訴求できないのも当然である。


外国人観光客の増加によるインバウンド効果と、高い出生率と他県からの転入者の増加による人口増により、幸い県経済は好調である。だがこのインバウンド効果や人口増は、「オール沖縄」の政策がもたらした結果とは言い難い。自民党による県政運営でも同じ状況となっていたはずである。「オール沖縄」勢力による政治的優越は、いつまでつづくのか。「辺野古移設反対」のスローガンに県民がリアリティを感じることができなくなれば、あるいは「辺野古移設」の是非よりも優先度の高い争点が県政に浮上すれば、「オール沖縄」は自壊するしかなくなるだろう。

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