店外看板トリプルクラウン

沖スロの歴史@沖縄

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となりのギャンブリング 第4回

沖スロの歴史@沖縄

今回は沖スロの歴史をたどってみたいと思います。とはいっても私が直接知り得るのは4号機になってから、それも後半からですので、それ以前については主にネット情報に基づいてまとめたものとなっています。  ところで沖スロの歴史は、沖縄と本土では大きく異なっています。沖縄での沖スロの歴史と本土での歴史では一部シンクロするところもありますが、基本的にまったく異なる2つの歴史の流れがあったと捉えた方が実際に近いと思います。

業界の「黒歴史」であるために明記されることは少ないのですが、4号機時代に本土で沖スロが受け入れられた最大の理由は、「沖スロには裏モノ(Bモノ)が多かったから」でした。もちろん地域や時期により状況は異なりますし、改造されていないノーマルな沖スロも当然ながら少なからず稼働していたことでしょう。ただ、本土の多くの地域で多くの沖スロがどこかの時点で裏モノに改造されていました。「スイカ」がボーナスの契機となる「スイカver」や、ボーナス後32ゲーム以内にボーナスが連チャンする「32Gver」となっていたのです。裏モノの「32Gver」の挙動をATタイプの規則内で再現したような仕様の機種が現在ホールで稼働しており高い支持を得ています。


愛知、三重、岐阜の東海3県、静岡県、茨城県、岩手県など東北地方の一部などでは現在でも沖スロが本土では突出して高い設置シェアを維持しています。ですが「裏モノだから」ということを主な理由として設置していた地域、特に東京や大阪などの大都市圏からは、業界のコンプライアンス遵守の意識が強まり、4号機から5号機へと移行したこともあって、沖スロの設置シェアは低迷したままとなっており、現在に至るまで回復していません。

ここからは沖縄における沖スロの動きに記述を限定します。沖縄で裏モノがまったく無かったのかどうかはわかりませんが、ここでは「裏モノだから」という理由で絶対的なシェアを得たわけではありませんでした。

日本におけるパチスロの源流は沖縄にあったと言われています。それは、戦後に軍政下の沖縄へと米軍によって持ち込まれたスロットマシンでした。アメリカ製のスロットマシンを手本に、沖縄でもスロットマシン(後のパチスロあるいは回胴式遊技機)の製造が始まりました。規則が制定される以前のいわゆる0号機の時代、オリンピア(オリンピア物産)やメーシー(メーシー販売)の会社所在地は沖縄にあったと言われています。沖スロで使用する30パイコインは、アメリカの50セントコインと同じサイズとされました。これは、アメリカ製のスロットマシンでは現金をマシンに直接投入してベットし、払い出しも現金のコインによって直接行われていたことに由来しています。


0号機から4号機まで、沖縄におけるスロット(パチスロ)の主流は、大型で、スタートレバーが筐体の右側面に付いた「アップライト筐体」となっていました。人気を得ていた代表的な機種は、1号機では「フェニックス」、2号機では「アペックス」だったようです。


沖スロの歴史において大きな転換点となり、かつ現在と連続する機種が、3号機から4号機への転換期に登場した「トリプルクラウン」(「トリプルクラウンⅡ‐30」)です。3号機から4号機への転換が行われたのは、本土では1992年のことだったのですが、アップライト筐体がメインだった沖縄では少し遅れて1994年となりました。設備変更を必要としない30パイ機で、かつ沖縄では主流となっていたボーナス告知機という2つの条件を満たす「トリプルクラウン」の登場を待っていたということが、転換の時期が遅れた理由です。


いったん沖縄のホールを席巻し、圧倒的なシェアを確保した「トリプルクラウン」でしたが、4号機末期から5号機初期ともなると、各ホールの機種構成におけるレパートリーの幅が拡がっていきます。2001年にはオリンピアから、「トリプルクラウン」と同じく30パイ機で告知機の、初代「ハナハナ」が登場します。ほかにも、山佐の「レキオ」や「プレイボーイ」、ベルコの「ワンバー」、平和の「アクアビーナス」、北電子の「クリエーター」といった、沖スロの歴史に名を刻んだ機種やその後継機が設置シェアを伸ばしていきました。また「ハナハナ」を出したパイオニアも、「華乃舞(ハナノマイ)」や「シオサイ(シオ)」シリーズを設置して差別化を図るホールが出てきます。また沖縄で25パイ機が「チビコイン」と呼ばれて設置され始めたのもこの頃でした。また当時の島図(店舗レイアウト)を見ていると、現在よりも店舗によって機種構成に差があるように思われます。ですが、5号機の時代になって全国的に見ればシェアを縮小させていった30パイ機市場から退場してしまうメーカーも現れはじめ、沖縄のホールではその空いたシェアを埋めていったのが「ハナハナ」シリーズなどのパイオニア機でした。


その後、沖縄全体で見ると「ハナハナ」シリーズの設置シェアが「トリプルクラウン」シリーズを上まわったものの、「トリプルクラウン」シリーズは根強い支持を失うことなく各店舗に定着。「トリプルクラウン」シリーズをメイン機種として訴求し、「ハナハナ」シリーズをメインとする多数派の店舗との違いを強調する店舗も散見されます。現在では、ATタイプの「沖ドキ!」シリーズが沖スロ設置シェアの3番手を確保しており、パイオニアの「沖縄フェスティバル」、北電子の「マハロ」や「マタドール」、ベルコの「スーパービンゴ」、オーイズミの「乱嵐エイサー」などといった各シリーズ機が4番手、5番手のシェアを競っています。

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